9月 072014
 

緋村剣心のモチーフとされる
河上彦斎のwiki
もちろんマンガの剣心とは全然違う。
あくまで作者が想像のモデルとして取り上げたに過ぎない。

(以下msnトピック記事から)

「るろうに剣心」伝説の誕生地・熊本、ヒット映画で地域おこし
[2014.9.7]

幕末の志士、河上彦斎(げんさい)(1834~1871)を顕彰しようという動きが、出身地の熊本市で広がっている。幕末の思想家、佐久間象山を暗殺し、「人斬り彦斎」と呼ばれてきたが、映画「るろうに剣心」の主人公、緋村剣心のモチーフであることが広まり、イメージも一新したからだ。地元住民による顕彰会が発足し、ゆかりの地の散策マップを制作するなど、地域おこしに生かそうという試みも熱を帯びている。(谷田智恒)

映画は少年ジャンプに連載された和月伸宏氏の漫画を原作に、平成24年夏に佐藤健さん主演で映画化され、今年8月1日に「京都大火編」が封切られた。今月13日から「伝説の最期編」が全国公開される。

主人公の緋村剣心は、幕末に暗殺者として働き、維新後は「不殺(ころさず)の誓い」を立て、弱き人のために、斬れない刀「逆刃刀(さかばとう)」を手に戦う。この剣心のモチーフが河上彦斎だ。

彦斎は現在の熊本市中央区新町で生まれたとされる。24年夏の初めての映画化をきっかけに、剣心ファンが「生誕の地」として訪れるようになった。

ところが、当時は地元でも彦斎について知る人は少なかった。詳細な出身地も不明で、関心は高まらなかった。

転機は25年8月に、県内3カ所で行われた続編映画のロケだった。万田抗(荒尾市)や八千代座(山鹿市)が映画の舞台となることになった。

映画が上映されれば、再び生誕の地が注目される。

「せっかく来てくれる剣心ファンのためにも、モデルとなった河上彦斎のことを本格的に調べよう」と地元住民を中心に機運が高まった。

熊本県のPRキャラ、くまモンとのコラボが話題となったことも、地元を後押しした。エープリルフール限定で、くまモンが剣心を務めるパロディーポスターが登場したのだ。

今年6月、彦斎の母方の子孫である吉武邦夫氏を迎え、住民有志14人が「河上彦斎新町顕彰会」を発足させた。

顕彰会は、彦斎の菩提(ぼだい)寺である妙立寺(中央区)で過去帳を調べ、市立一新小学校付近にあった吉武家で、彦斎が生まれたことを突き止めた。同小前に彦斎の由来などを記した木製の顕彰碑を設置した。碑には彦斎辞世の句をしたためた。

「君がため 死ぬる骸に 草むさば 赤き心の 花や咲くらん」

彦斎が長州藩士らと決行した佐久間象山暗殺事件や、維新後に彦斎が処刑された真の理由など、彦斎をめぐっては、いまだ解明されぬ謎も多い。

顕彰会会長の橋本和彦氏(59)は「維新後、仲間が開国派に転向する中、尊皇攘夷を貫き通した彦斎は、本物の肥後もっこすだった。『人斬り』というイメージばかりで語られるが、実像は和歌の素養も深く、文化人でもあったように思う。激動の時代を生きた彦斎の役割を明らかにしていきたい」と語った。

映画に合わせ、熊本市も動く。

熊本市は彦斎の生誕地が新町であることをPRするフラッグ約200枚をつくり、地元の商店街などに配布。フラッグには映画のロゴと、彦斎がモデルの主人公、緋村剣心が描かれ、上映期間中、掲示されるという。

また、彦斎に関係のある新町の旧跡を案内する「新町散策マップ」も約5千部制作した。同マップでは、彦斎の来歴や和歌を掲載したほか、彦斎が学んだ藩講習所「時習館跡」など、ゆかりの地9カ所を地図付きで解説している。

マップを活用した町歩きガイドも好評だ。まち案内人「新町和samonガイド」が、彦斎ゆかりの地の案内や秘話を紹介する。メンバーの城紀子氏(45)は「新町は熊本城の城下町として栄え、今も昔の町並みが残り、歩いていても楽しい。映画で注目されるようになった彦斎を通じ、新町のことも知ってほしい」と語る。